新潟県・湯沢町の栄枯盛衰を調査した件

以前、高原リゾート清里を調査し、その変貌ぶりと原点に立ち返ろうとする人々の想いを伝えた。今回スポットを当てるのは新潟県・湯沢町。東京から1番近い豪雪地帯と言われ、苗場スキー場やガーラ湯沢を有するスキーの聖地として知られる。新潟の最南端に位置するこの町は、東京から1時間程にも関わらず物凄い雪の量。この雪国・湯沢町がどんな栄枯盛衰を辿ったか調査。昔から小さな温泉地として知られた湯沢町は川端康成の小説「雪国」の舞台ともなった情緒ある宿場町だった。

私をスキーに連れてってが大ヒット

しかし1987年、それまで900年の間静かな生活を送っていた湯沢町にとんでもない事件が発生する。それが映画「私をスキーに連れてって」が大ヒットした事。

原田知世が演じるOL・池上優と三上博史が演じる冴えないサラリーマンだがスキーの腕はプロ級という矢野文雄の、スキー場で偶然出会い、恋に落ち、スキーを通して愛を深めていくラブストーリー。この映画をきっかけに空前のスキーブームが到来。東京から1時間という事もあり、スキー客が一挙に押し寄せ、その数、1シーズンで818万人。ちなみに現在では全国全て合わせてもこれに及ばない。これまで棒で登っていた雪山もチェアリフトが当たり前となり、掘っ立て小屋でとっていた食事もゲレンデレストランが当たり前となった。更に我が国で唯一、新幹線とスキー場が直結したガーラ湯沢が1990年に開業。

冬になると流れるガーラとJRのコラボCMは世の若者達を雪山へと駆り立てた。時代時代の可愛い女の子がCMキャラクターを務めた。スキーブームの時はリフト待ちが数時間にも及んだ。スキー場に行って、出会いを求め、ゲレンデを楽しむというのが当時の状況だった。スキーよりも恋人探しの場だったのである。

リゾートマンションの建設ラッシュ

こうして一大観光地となった湯沢町に次々と建設されたのがリゾートマンション。1989年から1992年までのたった4年間に約50棟が建設された。駅前の相場は5000万円~1億円で即日完売もある程の人気ぶりであった。東京都・湯沢町と呼ばれるまでになっていた。

だが、繁栄は永遠には続かない。「私スキーに連れてって」から5年後の1992年をピークにスキー客は激減。ピーク時は22箇所あったスキー場は現在は半分の12箇所に減少。現在の温泉街は書き入れ時にも関わらず、夜になっても非常に閑散としている。

スキー客が再び増加

とは言え、2012年以降スキー客が再び増加傾向となっている。当時スキーブームで来た人達が子供が産まれ、その子供が成長し、一緒に滑りに来ているのである。現在、苗場スキー場では100万人くらいの来場者がいる。

そんな湯沢町の栄枯盛衰の影響で大暴落したリゾートマンションは、価格もお手頃という事もあり、現在マンションを見学したいという問い合わせが殺到している。若い人がスキーをしなくてもフジロックで毎年来ているという理由で探す人も多く存在する。そこで、今、湯沢町でオススメのリゾートマンションを紹介。

新潟県・湯沢町で今オススメのリゾートマンションを紹介

ザ・ハウス湯沢

まず、越後湯沢駅徒歩約2分のハイグレードマンション「ザ・ハウス湯沢」。豪華絢爛な温泉大浴場は住民ならいつでも入浴可能であり、勿論サウナも備えている。更にスポーツジムも住民ならいつでも利用可能。オススメの間取りは2LDK。9畳の和室と主寝室となる10畳の洋室、リビングダイニングは10畳あり、収納スペースもたっぷりあり、風呂場は当然浴室乾燥機付き。バブル当時の値段は8791万円だったが、現在は1700万円で販売されている。当時から考えると7000万円の値引き。

ホワイトプラザ湯沢Vプラージュ

続いては、越後湯沢駅から車で約8分の「ホワイトプラザ湯沢Vプラージュ」。エントランスは南国のリゾートホテルのよう。こちらのマンションは365日遊べるウォータースライダー付き温水プールが設置され、美しい雪景色を見ながら浸かる事の出来る天然温泉の露天風呂が存在する。勿論スポーツルームも完備。オススメは1LDKのお部屋。約11畳のリビングと和室のタイプの部屋。バブル時代の値段は3023万円だったが、現在は340万円という価格になっている。当時の1割の値段である。

エンゼルリゾート湯沢

最後は、越後湯沢駅から車で約5分の「エンゼルリゾート湯沢」から若者にオススメの1ルームを紹介。立派な和室のワンルームであるが、目の前に岩原スキー場があり、徒歩2分でゲレンデへ行く事が可能。本当にスキーをする人にオススメ。バブル時代の値段は1580万円だったが、現在はなんと40万円。もはや家賃と言ってもおかしくない程の価格になっている。

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