石原良純とは何者か知りたい件

石原良純』。華麗なる石原家に生を受けた男。父は言わずと知れた政治家・石原慎太郎。長男の石原伸晃は大臣経験があり、三男の石原宏高は衆議院議員、四男は芸術家、更に叔父は昭和の大スター石原裕次郎というそうそうたるメンバーがずらりと並ぶ。それが石原家。

その歴史を紐解けば石原良純の父・石原慎太郎は商船会社山下汽船の重役であった石原潔の長男として生まれた。弟・石原裕次郎と共に海や船好きの家系なのである。そして石原慎太郎は23歳の時に小説「太陽の季節」で文学デビュー。当時史上最年少で芥川賞を受賞。

1962年1月15日、石原慎太郎が26歳の時、長男・石原伸晃、30歳の時、次男・石原良純が誕生。更に32歳で三男、34歳で四男と石原家は4人の男子を授かった。その後、35歳の時、石原慎太郎は作家をやめて政治家に転身。国政にたずさわるようになり、過激な発言で注目され、政治の世界で暴れるようになった。

そんな石原慎太郎は家でも絶対的な存在。例えば逗子に建つ石原家の豪邸。書斎・アトリエ・プレイルームと父専用の部屋は沢山あるのに、子供は4人でたった一部屋。また夕食は二部制となっており、女・子供は6時から、父の石原慎太郎は7時からと別々。理由は子供がガチャガチャうるさい所で飯を食いたくないから。食事以外にも事あるごとにすぐに怒鳴りつける石原慎太郎は石原良純にとって怖い存在だった。

そんな絶対君主の父に怯えて育った石原良純に慶応大学在学中に転機が訪れる。映画の世界で不動の地位を築き始めていたスーパースター叔父・石原裕次郎から映画出演の誘いを受けたのだ。こうして石原良純は20歳の時、映画「凶弾」で銀幕デビュー。石原裕次郎の甥が俳優デビューという事で世間から注目が集まった。しかし集まったのは注目だけで映画に客は集まらずわずか2週間で打ち切り。石原裕次郎の顔に思いっきり泥を塗った。

とは言え、これをきっかけに石原プロに入社した石原良純は渡哲也、神田正輝、舘ひろし、峰竜太などの並み居る先輩方の弟分として可愛がられ、その後も「太陽にほえろ!」や「西部警察」など、人気ドラマに数多く出演。当時、石原軍団の結束は固く、365日、仕事以外も寝食を共にする毎日だった。

しかし1989年、石原良純27歳の時、理由は不明だが石原プロを退社。その後、タレントとしてテレビ等に出演していたが、35歳の時、突然「風が見えるようになりたい」と思いつき気象予報士に挑戦。合格率5%という超難関の試験を見事に突破し、晴れて気象予報士となった。

その後も好奇心のおもむくまま、フォークリフトや建設機械等の資格を次々と取得してきた石原良純は40歳の時、2002年に兄・石原伸晃の紹介で知り合った皮膚科医の幸子さんと結婚。2児の父となった。

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